内外寄生虫の病気事典
犬・猫回虫症(トキソカラ症)
犬・猫回虫症は、ペット(犬・猫)に寄生する回虫というおなかの虫によって引き起こされます。犬・猫では感染した母犬(猫)と子犬(猫)との間での母子感染や糞便中に含まれる虫卵が原因で感染します。人に犬や猫の回虫が誤って侵入した場合、成虫にまで発育することはできず幼虫のまま体内を移行して内臓や眼などに侵入して、幼虫移行症とよばれるさまざまな障害を引き起こします。
病原体

犬回虫(Toxocara canis)猫回虫(Toxocara cati)
回虫卵は、環境中での抵抗力が非常に強く、砂や土の中に混じって長期間生き続け、感染の機会を待っています。
犬・猫へ感染した場合
症状
感染していても症状が現れない「不顕性感染」がほとんどです。しかし、幼犬に多数の成虫が寄生した場合は、お腹の異常なふくれ、吐く息が甘い、異嗜(いし:食べ物ではないものを食べること)、元気がない、発育不良、やせる(削痩)、貧血、皮膚のたるみ(皮膚弛緩)、毛づやの悪化、食欲不振、便秘、下痢、腹痛、嘔吐を起こします。体内に幼虫が寄生している雌犬が妊娠すると、胎盤や乳汁などを通して子犬にも感染します(母子感染)。
治療法
- 有効な抗線虫薬を投与する。
※駆虫後に虫卵が排出されていない(成虫が駆虫された)ことを確認する。
予防法
- 犬・猫回虫ともに母子感染の可能性があるため、とくに幼犬・幼猫期の駆虫が重要。
- 母子感染(特に胎盤感染)した場合は、生後3週目から糞便中に虫卵が排泄されるので、すべての犬に対して生後3週齢までに駆虫薬投与を開始し、3ヵ月までは2週間おきに再投与を行い、3~6ヵ月齢では毎月、その後も定期的に駆虫するのが望ましい。
- 猫では6週齢(犬と異なり、猫では胎盤感染がないため)から定期的に駆虫する。
人へ感染した場合
感染した犬や猫の糞便中に排出された虫卵が何らかの経緯で口から入った場合、幼虫移行症の原因となります。例えば、砂場で遊んだ後やガーデニングなどの作業後に手をよく洗わないまま食べ物に口を付け虫卵を摂り込むなどが考えられます。また、ニワトリなどのレバーの生食(肝臓に回虫の幼虫が潜んでいる可能性がある)して感染するリスクもあります。
症状
■内臓移行型
発熱や全身の倦怠感、食欲不振などがあります(幼虫が侵入する臓器によって症状が異なります)。肺では咳や喘鳴(ぜんめい)を、脳に達すればてんかん様発作の原因となると言われています。
■眼移行型
主な症状としては網膜脈絡炎、ブドウ膜炎、網膜内腫瘤、硝子体混濁、網膜剥離による視力・視野障害、霧視(むし)、飛蚊(ひぶん)症などがあります。
その他、神経型(しびれ、麻痺)や潜在型(アレルギーの原因)といった新しい症状も指摘されています

硝子体混濁、視神経乳頭付近に肉芽腫(犬回虫の幼虫が形成)が見られる
↓
3日後
↓
乳頭付近の肉芽腫の移動が見られる
東京医科歯科大学大学院 国際環境寄生虫病学分野 赤尾 信明先生提供
犬回虫内臓移行症による親子の感染例も報告されています。
自宅の庭で犬と鶏を飼育していた71歳と45歳の親子。ある日、鶏の肝臓を生で食べたところ、約2週間後、熱と咳、全身倦怠、頭痛、右腕のしびれなどの症状が2人に出たそうです。その後、人用の駆虫薬を投薬しましたが、2人とも薬の副作用による肝機能障害が強く出て治療を嫌がり、病院に来なくなってしまったとのこと。結局その1年後、父親が急性の腎不全を起こし、亡くなっています。
この症例では、親子が食べ残した鶏の肝臓が冷凍されていたため、それを解凍して調べたところ、小指の先ほどの小さな肝臓から300匹以上の犬回虫の幼虫が発見されました。つまり、親子2人で1,000匹以上の幼虫を口の中に入れたのでは?と推測され、犬回虫幼虫の大量寄生による、幼虫移行症であったことが分かっています。
治療法
- 体内の組織内に寄生した幼虫に対しては、確実な治療法は存在しない。
- 眼移行型の治療法も確立されていないが、レーザーによる凝固法がおこなわれる。
予防法
- 人に感染した場合、治療が難しいため、CDC(米国疾病予防管理センター)の推奨プログラム※に準拠したペットの予防的あるいは定期的な駆虫が重要。
※「ペットから人への腸内寄生虫感染をどのようにして防ぐか?」CDC 1995年 - 泥遊びや砂遊び、あるいは子犬と遊んだ後には必ず手を洗う。
- レバーの生食を避ける。
(文責 獣医学博士 佐伯英治)